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EMR(1)

第一章:奇妙な忘れ物 
 (オーストラリア国メルボルンにて)
  理沙は、新しい住処に運び込まれた荷物の山を見て、これから徐々に自分の城を作り上げる喜びに浮き浮きしていた。自分の城と言っても、賃貸のマンションである。今のメルボルンの家の値上がりと来たらすさまじく、とてもじゃないが理沙の給料では買えない。
今まで、アジア人二人とオーストラリア人一人と大きな4つベッドルームのあるおんぼろ家を借りてシェアしていたのだが、大学を卒業し、就職をしたのを機会に、引っ越したのである。
 ベッドルームが一つに居間とダイニングキッチンのある小さなマンションを、週二百五十ドルで借りた。ちょっと家賃が高いが、駅に近いのが気に入ったのである。
 気が合うとは言えなかったハウスメイトとこれでおさばらかと思うと、気がせいせいしている。理沙はきれい好きなので、ハウスメイト達の食べたままほっ散らかしの流しに山積みされた汚れた皿を見ると、腹立たしかった。それに平気でドロドロの土のついた靴で家に入ってくるのも、耐え難かった。結局、きれい好きの理沙が家の掃除をするはめになり、それが理沙には大いに不満だったのだ。これで、きれいな部屋に住めると思うと心が軽く、鼻歌も自然にでてきた。
 大学で知り合った友人のエイミーと省吾に手伝ってもらって、運送屋が運んできた荷物の箱を開け始めると、たちまちのうちに床は皿や鍋やヤカン等の台所用品、そしてそれを包んでいた古新聞の山で、足の踏み場もないくらいになった。
「これ、どこに置けばいいの?」と聞く、エイミーや省吾に「それは、台所の上の棚に入れて」とか、「それは、流しの下に入れて」とか指示を与えながら、理沙自身も、どんどん段ボール箱の中から取り出したものを手際よく、片付けていく。
 省吾は日本人にしては背が高く180センチ近くあるので、高い戸棚に物を納めるのに大いに活躍してもらっている。
 エイミーに台所の整理を頼んだ後、理沙は衣類の入った段ボール箱をベッドルームに運んで、ベッドルームを整理することにした。まず下着から片付けようと、備え付けの洋服ダンスの引き出しを開けた時、引き出しの片隅に何か、小さくて円錐形の銀色の物が二つあるのに気がついた。それを手に取ってみた。イヤリングのように見えるが、ピアスの耳につけるためのピンはないし、そうかと言って、昔ながらのネジでとめるものでもない。何だろうかと不思議に思った。きっと、前の人が残したものだろうから、もし大切な物なら取りに来るだろうからと、それ以上考えるのはやめにして、ジーパンのポケットにしまった。そして、自分の服をハンガーに吊り下げたり、下着類やソックスを引き出しにしまったりする作業に追われた。
 昼過ぎから作業を始めたのだが、三十個余りあった箱が片付いた時はもう夕方の六時近くなっていた。
「二人とも、ありがとう。今日は私のおごりで、近くのレストランで晩御飯を食べましょ」と、理沙はマンションの近くの中華料理屋にエイミーと省吾を誘った。
 理沙の住むボックスヒルは、比較的アジア人の多い地域で、中華料理店、韓国料理店、ベトナム料理店と、アジア系の店が立ち並んでいる。
 大きくは無いがこぎれいな中華料理店を見つけて入って、一人三十ドルのコースを注文した。食べ物が来るまでウーロン茶を飲んで待っているとき、理沙はジーパンのポケットに入れていたヘンテコな物のことを思い出した。そしてポケットを探ってヘンテコな物を取り出すと、二人に見せた。
「ねえ、これなんだと思う?」
二人は、理沙の手に乗っている小さな物を見て、首を傾げた。
「イヤリングに似ているけれど、ピンもネジもないのがおかしいわね」とエイミーが言った。
「どれどれ、よく見せて」と省吾は理沙の手からその不思議な物を取って、自分の掌に乗せて目の前に掲げ、横から上、上から下へと、あらゆる方向に動かして観察した。そして言った。
「これ、イヤホンに似ていない?」
「そういわれれば、イヤホンみたいに見えるけど、普通イヤホンにはコードがついているよね」と、理沙が言った。
「それはそうだね」と、省吾が理沙に素直に同意した。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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