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百済の王子(29)

 豊璋とセーラの生活は、平穏な毎日が続いた。

ある日、豊璋は、「おもしろい物を見せてやるから、ついて来い」と言って、セーラを屋敷の外にある畑に連れ出した。そして、網をセーラに渡し、「これをかぶれ」と言って、自分も頭から網をかぶった。セーラは何を見せられるのだろうかと、興味津々で、豊璋について行った。そこで見せられたものは、ミツバチの巣4枚だった。何十、いや何百匹と言う蜜蜂がブンブン巣の周りを飛んでいる。

「これはミツバチではありませんか?どうなさるつもりです?」

オーストラリアで食べた甘くてねっとりした蜂蜜の味を思い出しながら、セーラが聞くと、

「ミツバチを育てて、蜂蜜を作ろうかと思っている」と、豊璋は答えた。

「そなた、蜂蜜を食べたことがあるのか?」

「はい。ございます。オーストラリアでは、色々な花に群がらせて、色々な味の蜂蜜を作っています」

それを聞くと、豊璋は目を輝かせて、

「そなた、ミツバチの育て方を知っているのか?知っているなら教えてくれ」と、セーラに聞いた。セーラは、豊璋の思わぬ熱心さにたじたじとなって、

「蜂蜜を食べたことはありますが、どうやって蜂蜜を取るのか、全く分かりません」と、歯切れの悪い答え方をするしかなかった。

「何だ、そなたはいろんな知識を持っていて、知恵者だと思っていたのだが、肝心な作り方と言うのは何も知らないのだな」と、豊璋はがっかりしたように言った。

セーラも、自分が実用的なことは何も知っていないことを恥じて、

「申し訳ございません」と消え入るように答えた。

「仕方ない。ともかく実験してみるしかないな」と言い、下男に向かって、

「この巣を、三輪山に放し飼いにしてみよ」と、命じた。

そしてセーラに向かって、

「うまくいけば、そなたにも蜂蜜を食べさせてやるからな」と微笑んだ。

セーラはそれから、毎日のようにミツバチがどうなったか気になり、豊璋に聞いた。

最初は、豊璋は「心配するな。うまくいくはずだ」と言っていたが、1ヶ月もすると、「今日はミツバチが5匹死んだしまった」

「今日は9匹死んでいたそうだ」

と、段々ミツバチの死んだ数が多くなり、2ヵ月後には、

「全滅してしまったそうだ」と、豊璋は言い、蜂蜜が食べられるかと期待していたセーラも、がっかりしてしまった。

 

参考文献 宇治谷孟 「日本書紀(下)」 146ページ 講談社学術文庫

 

著作権所有者 久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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