Logo for novels

前世療法(4)

 正二の見た奇妙な夢というのは、靄の中に一人のほっそりした少女が立っているというものだった。うす暗くて顔は輪郭くらいしかわからない。何だか心細げで、思わず抱きしめたくなったが、正二が近づいていくと忽然と目の前から消えてしまった。いつもなら、夢を見てもすぐに忘れることが多いのに、この夢は鮮烈に正二の記憶に焼き付いた。夢の中の少女は一体、誰だろう?キムでないことだけは確かだった。そう思うと、その少女の正体を無性に知りたくなった。

 そんな時だった。母親から、前世療法のワークショップの話を聞いたのは。正二の母親、千秋は、目に見えない世界に対して興味を持っていたため、正二は幼い頃からいろんな不思議な話を千秋に聞かされせていた。

「茶碗に入れたご飯を二つ用意して、一つに向かっては『バカたれ』など、罵詈雑言をなげかけ、もう一つに対しては、『きれいだね』『愛しているよ』と賛辞の言葉を投げかけ続けたら、罵詈雑言を投げかけられたご飯は、賛辞の言葉を投げかけられたご飯より、早く腐るのよ。だから、憎悪も愛情も相手に及ぼす力って、すごいのよ」と言われたこともあったし、「水からの伝言」(注)と言う、氷の結晶の写真集を見せられたこともあった。いろんな美しい音楽を聞かせたり、優しい言葉をかけたりした時の水を氷らせてできた結晶は美しく、罵詈雑言や不協和音を聞かせた結晶は、形が崩れているという写真集だった。だから、普通の人が「そんな非科学的な」と非難めいたことをいうことでも、正二には当たり前のこととして受け止められた。

「前世療法のワークショップがあるって知り合いからメールが来たけれど、キムと婚約もしたことだし、キムとは前世、どんなつながりがあったか、調べてみるのも面白いかもしれないわよ」と、言われた時、ワークショップに参加すれば、あの少女のことが分かるかもしれないと思った。

 正二は、夢で見た少女の話は照れくさくて千秋には言えなかったが、ワークショップで手がかりがつかめれば、今の自分のもやもやとした気分も晴れるだろうと、千秋に参加を申し込んでもらった。前世療法のワークショップのことは、キムには何も言わなかった。きっと彼女のことだから好奇心丸出しで、正二についてくると言うのが目に見えていたからだ。しかし、これはキムと関係のない自分一人の問題なのだと思った。

 

(注)江本勝著 『水からの伝言』

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

関連記事

最新記事

教え子(最終回)

今から思えば、オーストラリアで日本語教師のアシスタント募集という.....

教え子(2)

試験や採点、そして生徒の成績表をつけるなど忙しくしていると、その.....

教え子(1)

 林洋子は、生徒の日本語の語彙テストの採点を終え、電子メールを開.....

裸の男(最終回)

ある日曜日の午後、夫の隆は暇そうにしていたが、急に、近くの画廊に.....

裸の男(1)

「ちょっと早く来すぎたかしら」 クリニックの前に車を停めた小百合.....

カレンダー

<  2025-07  >
    01 02 03 04 05
06 07 08 09 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー