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ある企業家の死(7)

加奈達がキャバレーに着いた時はまだ6時だったが、目指すキャバレー「ピンクパンサー」では、従業員が開店の立て看板を出したところだった。
「あのう、こういう者ですが」と加奈が名刺を差し出すと、その従業員は胡散臭そうに加奈を見て
「あんたらも、佐伯さんのことを聞きに来たのか」と見下すような言った。
「ええ、佐伯さんについてお聞きしたいのですが、どなたか佐伯さんのことを良く知っていらっしゃる方に会いたいのですが」
「それなら、うちのママだけれど、ママは忙しくってね。あんたみたいな人が押しかけて来るからさ」と言っていると、そのママが店から出てきた。
そして、加奈と剛を見るなり、
「あらあ、女連れのお客さんなんて珍しいわね。でも、うちは客の選り好みはしないから、どうぞ」と言った。
加奈が慌てて、「私達客じゃないんです。佐伯さんのことを伺いたいと思ってきたんですけど」と言うと、ママの顔からそれまでの笑みがにわかに消え、
「お客でないのなら、邪魔だから帰って」とつっけんどんに言った。
加奈は「お客ならお話聞かせてもらえるんですか?」と聞くと、
「お客さんなら、だれでも歓迎よ」と言われ、これは客として店に入る以外手立てはないと諦めて、加奈は剛と店の中に入っていった。すると、またとたんに愛想が良くなったママが聞いた。
「何をお飲みになります?」と聞いてきた。 全くカメレオンのような女だと、加奈は思った。
お酒の名前にはうとい加奈は「藤堂君、何にする?」と剛にお酒の選択をさせ、注文をすませると早速聞いた。
「佐伯さん、こちらに良くいらしたそうですね」と言うと、
「ええ、ひいきにしていただいていました」
「佐伯さんは人に恨まれるようなことがあったのでしょうか?」と言うと
「佐伯さんを恨んでいる人は、かなりいると思いますよ。バブルの時代には、地上げ屋を雇って、強引に宅地を買ったこともありますし、金融業をしていた時は、かなりあくどい取り立てをしていたと言うことですからね。ローンを払えなくなった工場主で、自殺をした人もいると言うことですよ」
とあっけらかんと答えた。
「具体的に、被害に遭われた方の中で、名前をご存知の方はいますか?」
「それは、そちらで調査したらいいでしょ。下手に名前を言って、あとで名誉棄損で訴えられるのは、嫌ですからね」
確かにママの口からは佐伯の事業の被害者の名前は言えないだろう。
「沙由紀さんはここでホステスをしていたんですか?」
「そうよ。あの人はともかく若い女が好きでしたからね」
「次に元ユニバースの女性と結婚すると言う噂があったようですが、その人もこのお店で働いたことはあるんですか」
「そうよ」
ママと話していると、会社帰り風の二人連れの中年の男が、店に入ってきた。 
ママは加奈との会話を打ち切って、入口の方に向かい、笑顔で客を迎え、ほかの席に案内すると2度と加奈達のいる席には目も向けなかった。加奈達もこれ以上粘っても、新しいことが聞けるとは思えず、退散した。店で一杯ずつしかジンフィーズを飲まなかったのに、1万円払わされた時には、安月給の加奈達は驚いた。
「これは取材費として、会社に払ってもらいましょうよ」と言うと、剛は
「勿論ですよ」と同意した。もっとも二人で合意しても、編集長が「うん」と言わなければ、加奈達は自腹を切ることになる。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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