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人探し(16)

「お母さんと話したいんだが、無理かな」と正雄が藤沢に聞いたので、藤沢が返事をしようとした時に、ドアが開いて、君枝がお盆にコーヒーとケーキをのせて入ってきた。
「お口に合うかどうか分かりませんが、ケーキでも召し上がってください」と正雄の前にコーヒーとケーキを置き、藤沢の前にもコーヒーとケーキを置いて引き下がりそうになったので、藤沢が
「気分が悪くなかったら、ここにいて、僕たちと話をしようよ」と言うと、
「私のような年寄りがいては、お話が思うようにできないでしょう」と言うので、正雄はあわてて
「いえ、僕は母がいないので、藤沢さんがうらやましいんです。是非いろんなお話、聞かせてください」と、君枝を説得するため、つい出まかせを言った。
「お話すると言っても、」と躊躇する君枝に
「藤沢さんってどんな子供だったんですか?」と、正雄は話の糸口を提供した。
「そうですねえ。子供のころは活発な子でしたね。幼稚園では外で遊びまわって、いつも泥んこになって帰ってきましたから」
 君枝は、懐かしそうに目を細めながら話した。確か、藤沢が実子でないことが分かったのが小学校の入学時だということだから、まだ藤沢家がごく普通の生活を営んでいた幸せな頃だったのだろう。
「坂口さんは、お母さんをなくされたとおっしゃいましたね。いつ亡くなられたんですか?」
「生まれてすぐに亡くなりました」
「そうですか。それはお気の毒に。お父様は再婚されなかったんですか?」
正雄は、段々嘘をついて行くのが苦しくなった。どう答えたものだろうかと頭をフル回転させている時、藤沢が助け舟を出してくれた。
「坂口さんは、うちと反対で、お父さんだけに育てられたんだ」
「そうですか。それでは、お父様も大変だったでしょうね」
「お母さんも大変だったんじゃないですか。女手一つで藤沢さんを育てられたんでしょ」
「そうですね。大変だったことも多かったので、聡をついついほったらかしにしてしまって、可哀そうなことをしました」
「そんなことは、ないよ」藤沢は怒ったように君枝の言うことを否定した。
正雄は話の成り行きがおかしくなっていっているのに、どうすれば良いかと頭を巡らしていると、
「すみません。ちょっと疲れましたので、失礼させてもらいます」と君枝が言って席を立つと、
「うん。顔色良くないよ。休んでて」と言って、藤沢は君枝に手を貸して、応接間を出て行った。
 一人になった正雄は、君枝に会ったことを後悔した。君枝が苦難の人生を送ったことは、顔に刻まれたしわの多さを見れば分かる。
「僕が、あなたの探し求めていた息子です」と言ってあげれば、あの人は喜んでくれたはずなのに、それを隠し通していることに罪悪感を感じた。そして、同時に、藤沢の実の両親を早く見つけなければと思った。
 応接間に一人で戻ってきた藤沢に
「僕、本当は今日来るべきではなかったね。君の実の両親が見つかってからにすべきだった。僕は実の子供だということを隠し通していくのがつらくなったよ。僕が名乗りをあげればあの人もどんなにか喜んでくれることか。そう思うと黙っているのが息苦しくなって」正雄は言っているうちに目頭が熱くなってうつむいた。その時、応接間の外の廊下で、ガタっという音がした。正雄と藤沢は思わず顔見合わせた。「もしかして、お母さんに聞かれたかもしれない」と言うと、藤沢は素早く応接間のドアを開けて廊下を見ると、そこには君枝がうずくまって泣いていた。
「お母さん」と藤沢がしゃがみこんで君枝の顔を覗き込むと、その背後から正雄の声がした。
「聞いていたんですね。僕たちの話」
君枝はうずくまったまま、うなずいた。正雄は思わず君枝の前に崩れ落ちた。
そして、跪いたまま君枝の両手を取って、
「すみません、お母さん、黙っていて。僕があなたが生んでくれた子供です」とかすれた声で言った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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