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人探し(23)

 正雄が帰宅すると、家族全員が皆今日の正雄の報告を心待ち顔で食卓について待っていた。
正雄は、病院側が2千万円の賠償金を払うこと、その条件としてマスコミに情報をもらさないことを約束したことを報告した。そうして、家族全員が一番聞きたかったであろう両親の実子に関しては、北川哲夫と言う名前だと言うこと以外は報告することがなかった。両親は少々がっかりしたようだったが、
「まあ、気長に探せばいいよ」と史郎が言ったのに対して、峰子も千尋も「そうよ、そうよ」と言うふうにうなずいた。
 夕食後は藤沢に報告の電話を掛けた。藤沢に病院側から2千万円の賠償金をもらえることになったことを言ったが、藤沢は「そうですか」とだけ言い、多いとか少ないとかのコメントは一切しなかった。
「で、僕の両親はみつかったんでしょうか?」と聞いた。
「病院側がくれた書類によると、北川敏夫と北川美智子と言う人が君の両親らしいんだけれど、書類に書いてある電話番号も使われていなかったし、住所も今はビルが立ち並んでいて、住宅なんてなくなっていたんだ。だから連絡の取りようもなかったんだ」
「そうですか。それじゃあ、簡単にみつかりそうもありませんね」
「あんまり期待できないけれど、今のビルのオーナーの電話番号は手に入ったので、五十嵐が、連絡を取ってみることになっているんだ」
「そうですか」
「勿論、何か分かったら、すぐに君に電話するよ」と言って正雄は電話を切ったが、藤沢の沈んだ声から、失望が手に取るように分かった。
 正雄の日本滞在期間も、あとわずかになった。正雄が日本にいる間にどこまで北川哲夫の居所に迫れるかと思うと、正雄は焦りを感じ始めた。
 その翌日の昼過ぎ、五十嵐から正雄に電話があった。
「やっと、オーナーと電話で話せた」
「で、何か分かったのか?」
「いや、オーナーは地上げ屋から土地を買ってあのビルを建てたから、あそこに住んでいた人達とは、直接関わらなかったから、どんな人が住んでいたかも知らないそうだし、ましてや、その住民が今どこで何をしているのか皆目見当がつかないということだ」
「そうか。やっぱり駄目か。こうなれば探偵でも雇って、探してもらう以外なさそうだな」
正雄としては、冗談で言ったつもりだったが、五十嵐はすぐに、
「そうなんだ。だから、探偵に払う報酬は、お前と藤沢さん二人で払ってくれよ」
「病院から賠償金をもらっても、これではいくらも手元に残りそうもないな」
「もともと、病院から賠償金をもらうなんて考えていなかったんだろ。多少の出費ぐらい文句言うなよ」
「それはそうだな。分ったよ。では、探偵への依頼、お前がやってくれるんだろな」
「それは、任せておけ」
 五十嵐の威勢の良い返事で、電話が切れた。
その後、暇に任せてこたつにゴロっと横になり、テレビを見た。
ちょうどやっていたのは、有名人の先祖を探ると言う番組だった。今回は、ミッチーと呼ばれるお笑い芸人の先祖を探ると言うことだった。正雄には初めて見る顔だったが、正雄の傍でこたつに入ってみかんを食べながらテレビを見ていた峰子が、
「この芸人、最近めきめき人気が出てきたのよ。お笑いタレントにしては珍しく、慶応大学出身のインテリみたいよ」と解説をつけてくれた。
「そうか。オーストラリアで見るイギリスから輸入されたコメディアーの役者も、オックスフォード出身とか、ケンブリッジ出身のインテリが少なくないよ」
「そうね。人を笑わせるのは、馬鹿ではできないわよね」
「そうそう」
 峰子と雑談していた正雄の耳に「キタガワテツオ」と言う言葉が入って来た時、正雄はギクッとなって、思わずこたつから出て、テレビの前に座った。
峰子は正雄の急な行動をいぶかしく思ったようだったが、再び解説者が「本名は、キタガワテツオでしたよね」言ったのを耳に停め、
「えっ、この人キタガワテツオって言うの?」と、思わず声を上げた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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