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人探し(26)

北川は、藤沢の涙を見ても、心を動かせる様子が見えなかった。
「申し訳ないけれど、僕は育ての親が今どこにいるのか、知らないんですよ。大学を卒業した後、商社に勤めましたが、性に合わなくてやめて、お笑い芸人になると言って、親から勘当されました。それっきり会っていないと言いたいところだが、一度だけ僕の名前が売れ始めた頃、金に困ったから金を貸してくれと言って来ましたがね。断って帰ってもらいました。それ以後会っていないんですよ」
「それじゃあ、親御さんがどこにいるか手がかりになるような情報をください。僕が探し出しますから」と五十嵐が言うと、
「さあね。最後に会った時は、居所なんて聞きませんでしたからね」
「じゃあ、北川さんが知っている範囲で、親御さんが住んでいた所を教えてくれませんか」
藤沢も哀願するように聞いた。藤沢にとっては、一度は会ってみたいと思っていた実の親なのだ。
「そう言えば、あの人たちは、あなたの親なんですよね。いいでしょう。僕が最後に一緒に住んでいた家は、広島市内の皆実町と言う所でした」
「え、東京じゃないんですか?」
藤沢は、実の親は東京にいるものとばかり思っていたようで、びっくりしたように聞いた。
「僕が生まれた頃は、父は東京でサラリーマンをしていたんですが、祖父が広島でスーパーマーケットを経営していて、跡をついでくれと、祖父に説得されて、僕が中学生の時に広島に引っ越したんですよ。でも僕は大学に入るために東京に舞い戻ってからは、余り広島には帰っていませんからね」
「じゃあ、ご両親は今でも広島にいらっしゃる可能性が高いわけですね?」
「そうじゃないですか。でも、先日のテレビ番組では、僕の両親はもう死んだことになっているんですよ。自動車事故でね。僕の気持ちの中ではもう両親はいないんです。だから今更両親を探されても困るんですよ」
「じゃあ、実際にはご両親は生存されている可能性もあるわけですね。ご両親の経営していたスーパーの名前だけでも教えてもらえませんか?」
「北川スーパーって言いました。でも、もうないんじゃないですか。店がつぶれそうだから金を貸してくれと言ってきたのは5年前でしたからね」
他人事のように話す北川に、正雄はつい口を挟まずにはいられなかった。
「ところで北川さん、実の親に会いたいとは思われませんか?僕は北川さんの実の両親に育てられましたが、とても良い人達ですよ」
「そうですか。あなたは幸せだったようで、何よりです。でも、ぼくは今のところ会いたいとは思いませんよ。何しろ忙しくてね」
と言って腕時計を見た北川は、
「おっと、お約束の時間が過ぎたので、僕はそろそろ失礼します。今から大阪行きの新幹線に乗ることになっていますので」
「僕の育ての親をお探しになりたいのなら、ご自由に」と言うと、北川は席を立って、さっさと喫茶店を出て行った。残された3人は、唖然として彼の後姿を見ているだけだった。
 一番ショックを受けていたのは藤沢だった。せっかく実の両親の所在がつかめると思っていたのに、その期待がみごと裏切られたのだから。
「身勝手な奴だ」と五十嵐が吐き捨てるように言った。
「ともかく手がかりだけはもらったわけだから、五十嵐、調べてみてくれないか」
「まあ、こういっちゃなんだが、僕の弁護士料は、結局二人で払ってもらうことになりそうだね」
「心配するな。払ってやるよ。あんな奴、当てにするんじゃなかった。僕の両親になんて言ったらいいか分からなくなったよ」
 3人が喫茶店を出た時は、3人とも憂鬱な顔をしていた。正雄は、北川の言ったことを伝えた時の家族の失望が目に見えるようで、家に帰る足取りも重かった。
 峰子は、正雄を待ち構えていたが、正雄の元気のない「ただいま」という声を聞いて、会談はうまくいかなかったことを悟ったようだ。「お帰り」と言った切り、正雄に根掘り葉掘り聞くようなことはしなかった。しかし晩御飯のために家族全員が集まって食卓を囲んだ時、正雄は正直に北川の言ったことを伝えた。すぐに千尋が
「なあに。嫌な奴ねえ」と言った。峰子は
「相手が会いたくないのなら、私達だって無理に会いたいとは思わないわよ、ね、お父さん」と、史郎の方を見た。史郎は「うむ」と返事ともならぬ声を出した。正雄には、峰子が失望を取りつくろっているとしか思えなかった。そして、藤沢はどうしているだろうと思った。藤沢は自分以上に失望していることだろう。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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