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ミリオネア(3)

BMWを受け取った時は心もうきうき。そのまま一人で、咲子の家から1時間くらいドライブした先にあるモーニング半島の端まで遠出をした。BMWは曲がり角でも体が遠心力で傾くこともなく、安定した走りだった。今まで乗っていた軽自動車では、大きなトラックなどの対向車に出くわそうものなら、車体が揺れて吹き飛ばされそうな感じがしたが、そういうこともない。咲子は満足して、モーニング半島から帰って来た。自分の家の前に車を停めて降りると、車の周りを一回りして眺めると、嬉しさが込み上げてきて、ニンマリした。
 その翌日のことだった。咲子が家の前に出てみると、車が消えている。「盗まれた!」と思うと、咲子は真っ青になり、すぐに隣に住む老夫婦、マイケルとシルビアに「車がなくなっているんだけれど、昨夜何か不審な人物を見なかった?」と聞いたが、二人とも夜は睡眠薬を飲んでぐっすり寝るので、何も見てもいないし聞いてもいないという。「警察に届けなさいよ」と言われて、すぐに警察に電話したが、「盗難ですか」と余り気のない返事。「保険に入っているんでしょ?だったら保険会社に新しい車をもらったら」とはっきりとは言わなかったが、それと同じような意味のことを言われた。一応警察署まで行って車の詳細を言って、「買ったばかりの新車なんですよ」と新車だったことを強調したが、どこまで本気で捜査をしてくれるかは、はなはだ疑問だった。
 保険会社に連絡をしたら、車が戻ってくるまで、臨時に使ってくださいと、おんぼろ車を貸してくれたが、咲子の落ち込みようは激しかった。今まで倹約に勤めていた咲子の初めての大きな買い物である。高級車だから狙われたのだと思うと、BMWは買うべきではなかったのではないかと、ちょっぴり後悔もする。それから眠れぬ夜を過ごしたが、1週間後に警察から「あなたの車がみつかりました」と連絡があり、咲子はまるで誘拐されていた我が子が見つかったような気分に陥って、「それで、傷なんかついていないでしょうか」と聞いた。
「どうやら何かに衝突して乗り捨てられたような感じですね。ともかく現場に来てください」と言われ、慌てて行ってみると、フロントライトやバンパーが壊れ、衝突したと思われる右ドアのところはへこんでいて、余りにも無残な姿で咲子は声も出ない。
「きっと若者がジョイライドしたんでしょうね。結構こういう事件が多いんですよ」と警官は、日常茶飯事の出来事のように受け止めているようで、咲子はむかっとした。
 ともかく保険会社に連絡し、見つかった車は廃車ということで、また新車を手に入れた。今度はちゃんとカギがかかるガレージをとりつけ、盗難に備えた。それでも安心できなくて車が盗られないかと心配で、夜中に何度も目が覚めるようになった。これでは、BMWを買って幸せになったのか不幸になったのか分からない。幸福感を味わったのは、最初の日くらいのものである。咲子がため息をつく回数が増えた。
(続く)

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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