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船旅(7)

船が次の停泊地、香港に着いたのは、オーストラリアを離れて10日目だった。ここでは、船は3日停泊する予定だった。香港では、最初に友達になったウイルソン夫妻が下船し、別れを惜しむ光江たちと、メルボルンでの再会を約束して別れた。
 その後、光江とニールは二人で香港の町に出かけてみた。二人ともは何度か香港を訪れていたが、昨年、犯罪の容疑者は本土に送って裁くと言う中国の法律に反対する市民の民主化運動のあおりを受けて、町は以前ほどの賑わいはなく、商店街の一部や道路はデモ隊による破壊がそのまま傷跡となって残っていた。
 ニールの両親はイギリス人だったせいか、ニールは1997年の中国への返還後の香港の動きに興味を持っていた。最初のうちは民主化運動を応援していたニールだが、民主化運動が暴動化していくにつれて、民主化運動に批判的になり、「イギリスは香港でそんなにいいことばかりしたとは思えないな」と苦笑した。
 香港が変わっていないのは、活気の良さだった。その日は、中華料理に舌鼓を打ち、二人とも安い既製服を買った。以前来た時は、ニールは背広を仕立ててもらったが、退職した身では、背広は余り必要ではなく、高価な買い物はしなかった。
 船に戻ってきたのは、夜の9時を過ぎていた。船から香港の川沿いに立ち並ぶ高層ビルから放たれる光が川に反射して美しい夜景を楽しんで、10時半にはベッドに潜り込んだ。その日は、二人はアマンダを見なかった。
 翌朝、朝ご飯を食べに食堂に行くと、なんだかただならぬ雰囲気が漂っているのに、光江は気づいた。あちらこちらで、2,3人固まって、ひそひそ話をしている。ひそひそ話をしているグループの中で、リンダとアンドルーを見つけたニールは、二人に近づいて、聞いた。
「一体、何があったんですか?」
アンドルーが、すぐに答えてくれた。
「船長に夕食を招待された僕たちのグループに、アマンダって独身女性がいたのを覚えている?」
「アマンダ?私、結構親しくなったけれど、アマンダがどうかしたの?」と光江が聞いた。
「そのアマンダが、昨日、シンシャーツィー海浜公園の側の海で死体になって、発見されたんだって」
「アマンダが亡くなった?それって、事故なの?まさか殺されたんじゃないでしょうね」光江の声は驚きで上ずった。
「それが、まだ分からないんだそうだ。自殺の可能性だってあるそうだし。君たち、彼女と親しかったんなら、そのうち警察が事情聴取をしに来ると思うよ」と言う。
その後、光江とニールはカフェに座ったが、二人とも朝食をとる気にはなれず、コーヒーだけを頼んだ。光江がニールの顔を見ると、顔にしわを寄せて、考え込んでいる。
光江が、「彼女、絶対に自殺じゃないよね。だって、そんなに深刻な悩みを抱えているようには、見えなかったもの」言うと、
「そうだよ。自殺なんかじゃない」とニールが断言した。
光江は、いつか彼女とニールの関係を聞こうと思っていたが、彼女がいなくなった今、ニールに直接聞く以外にないと思い至った。
「ねえ、あなたとアマンダ、どんな関係だったの?」
「何を言い出すんだ」ニールが気色ばんだ。
「実はね、あなたが散歩に行くって出かけた後、あなたを探しに行ったことがあるの。その時、あなたが彼女の部屋から出てくるのを見たのよ。ねえ、本当のことを教えて」
ニールは光江の顔をまじまじと見て、
「そんなことが気になっていたのなら、どうしてその時聞かなかったんだ」
「だって、アマンダがあなたの浮気相手だったら、どうしようと思って」
「バカバカしい」とニールは苦笑いをした。
「でも、アマンダを知っていたんでしょ?」
「うん、まあな」
「じゃあ、どうして知っているの?」
「そのうち、話せる時が来ると思うけど、今は言えない」
「言えない?まさか、あなたアマンダの死にかかわりがあるんじゃないでしょうね」
「僕が彼女を殺したのかと言う意味なら、勿論関係ないよ」
そのあと、光江が色々問いただしても、難しい顔をしてニールは口を閉ざしてしまった。
こうなると、光江はニールがアマンダを殺していないと信じる以外ない。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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