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陽気な美容師(1)

月曜日
「いらっしゃいませ。お客さん、うちは初めてですよね。いつ、メルボルンにいらしたんですか?先月?まあ、そうですか。うちの店をネットを見てお知りになった?まあ、ありがとうございます」
「今日は、どんな髪型にしましょうか?今の髪型を変えないで、短くするだけでいいんですか?はい、かしこまりました。お客さん、黒くてしっかりした髪ですねえ。こちらの人の髪の毛は細いので、こちらの美容師さん、日本人の髪にはなれなくて、私どももこちらに来て間もない頃美容院に行ったら、『あんたの髪は固すぎる』と文句を言われましたよ」
「こちらには、いつまでご滞在の予定ですか?ああ、永住されるんですか?ご主人はオーストラリアの方ですか?そうですか。ご主人は、日本の英語学校の先生をされていたんですか?奥様は、日本では何をされていたんですか?小学校の先生だったんですか。こちらでお仕事されるには、たぶんまた資格を取り直さなければいけないんじゃないでしょうかねえ。うちのお客さんで35年前にオーストラリアにいらしたという方がいますが、その方がこちらの教員として採用されたときは日本での学校勤務の4年間の経験は、2年しか働いたものとしてしか認められなかったということですよ。それに、その方の弟さんで、やはり学校の先生をしていた方が10年後にこちらにいらして学校勤務を志望されていましたが、その時は教育実習の時間数が足りないから、教員養成課程に1年間入りなおせといわれたようですよ。こちらの資格認定の条件は毎年のように変わるので、一度ネットで調べられたらよろしいですよ」
「髪の長さはこれくらいでいいですか?前髪がちょっと重いので、少しそぎますね」
「私はこちらに住んで、もう20年になりますよ。うちも主人がオーストラリア人なんですよ。どうして知り合ったかって?私の場合は、叔母がオーストラリア人と結婚していてこちらにきていましてね。もしオーストラリアに来たいなら保証人になってくれると言ってくれたんで来たんですよ。その頃美容師が足りなかったらしくて、美容師の資格を持っているということが有利に働いて、永住権は思ったより苦労しなくて取れたんですよ。もっとも、こちらで美容師として働くためには、こちらの専門学校に1年通わなくてはいけませんでしたがね。で、その専門学校で主人と会ったんですよ。ええ、主人も美容師です。髪結いの亭主と言うイメージからは、程遠い人ですね。どうして一緒に働かないのかですって?だって、この店が失敗したらそれこそ借金もぐれになりますからね。主人は他の美容院に雇われて働いているんですよ」
「さあ、できあがりましたが、お気に召したでしょうか?鏡をお持ちしますので、ご覧ください。美容院の鏡で見ると自分がきれいに見えるように思われるんですか?アハハ。美容院の鏡はよくうぬぼれ鏡って言われるんですよ。きれいに見えるように工夫されているんです。でも、奥様はおきれいですよ、お世辞抜きで。では、またのお越しをお待ちしています」

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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