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透明人間(4)

里香の不安は現実のものとなった。今日は姿が見えるかしらと、毎朝目が覚めるとすぐにスコットの寝ているほうを見るのだが、スコットの姿が見えない日が続き、スコットも里香も、あせりを感じ始めた。スコットが透明人間になってから、一週間が経ち、それが2週間になり、一ヶ月もたつと、二人の焦りは、絶望となってきた。この一ヶ月、スコットは誰とも会うことができず、結局は一ヶ月学校を休み、辞職せざるを得ない状況に立たされた。

「透明人間でも、できる仕事って何だろう?」スコットの問いに、里香は考えてみた。

「魔術師のアシスタントなんかできるんじゃない?宙に物を浮かせるとか、物を移動させるとか」

「そんなの、普通の魔術師でも、透明人間の手を借りなくてもやっているよ」

ため息交じりのスコットの声が戻ってきた。

「じゃあ、スパイ?透明人間ってスパイにもってこいじゃない。姿が見えないのだから、盗聴することなんて朝飯前でしょ」

「スパイねえ」

スコットはスパイになるのは気が進まないようで、気のない返事がもどってきた。

「そうだ!」

急にスコットが大きな声をあげた。何かいいアイデアが浮かんだようである。

「カジノで一儲けできるかもしれないぞ」

「どうやって?」

「ポーカーをするときに、他の人の手を見て、君に知らせるからさ、それで賭けるか賭けないか判断すれば、大もうけできるぞ」

「それって、私がポーカーをするって言う意味?」

「勿論そうだよ。ほかに誰がいるんだ?」

「そんないかさまをやって、ばれたときは、どうするの?全面的に私に罪がかかってくるってことじゃない。袋たたきにされるのが、落ちだわ。そんなのごめんよ」

「オーストラリアのカジノって、やくざがやっているわけじゃないから、袋たたきにはされないよ」

「ともかく、そんな危険なことをするのは、ごめんです」

なかなか二人の話はまとまらない。

結局、よく小説にでてくるように、スパイになるってことで話が落ち着いた。

「でも、スパイって、ばれたら殺されることもあるって覚悟しなくちゃいけないんだろ?」といつまでも渋っていたスコットを、里香が説得したのだ。

「じゃあ、何をする気なの?」

スコットは、カジノのいかさまで危険なことをするのはいやだと言っておきながら、自分には命が危険になる仕事をしろという里香の言い分は身勝手だとは怒ったものの、ほかにスコットができそうな仕事は思いあたらず、里香の質問には答えられなかった。

オーストラリアの諜報機関と言えば、ASIOと呼ばれる機関だが、アメリカのCIAとかFBIなどのように、怖いとかカッコいいとか、そういうイメージはまったくなく、影の薄い存在だ。ASIOのウエブサイトを見ると、採用されたら首都のキャンベラで6ヶ月のトレーニングのあと、どこに赴任されるか分からないと書かれていた。スコットの場合は特殊な事情なので、直接交渉をする必要がある。ともかくASIOに直接行って、交渉してみようということになった。里香も付き添いで一緒にキャンベラに行こうと思ったが、里香が一緒に行っても、なんのメリットもない。スコットが透明人間になって行けば、航空費だって浮く。厳しい経済状況なので、お金を節約するため、里香はメルボルンに残ることになった。

里香はスコットを空港まで見送り、スコットをおろしてからすぐに家に帰ってきた。その晩、スコットから「採用されたよ」と、嬉しそうな声で電話がかかってきた。「それじゃあ、6ヶ月のトレーニングがキャンベラであるのなら、私もキャンベラに引越ししたほうがいいわね」と言うと、「それが、僕には特殊な任務が与えられることになって、どこかに赴任されるのは、そんなに時間がかからないということから、里香はそのままメルボルンで待っていてくれよ」

「じゃあ、単身赴任ということになるの」

里香は予想もしていなかった展開に戸惑った。

「そうなるね。3ヶ月後に3週間休暇をくれるって言ってるから、3ヵ月後には帰ってくるから心配しなくていいよ」

あんなにスパイはいやだと言っていたスコットなのに、電話で聞く声は別人のように、張り切っているように聞こえた。きっとASIOで、おだてられたに違いない。

「3ヶ月も待たなければいけないの?」

「給料は、二人の口座に振り込んでくれるって言うから、君は食べるのに困らないはずだ」

里香の経済的なことを心配してくれるのはありがたかったが、スコットが3ヶ月も家にいなくなるのは、里香としては、心細くて仕方なかった。

「どこにいるかだけでも、知らせてよ。心細くて仕方ないわ」と言うと、

「それが、赴任先は誰にも言ってはいけない規則になっているんだよ」

「それじゃあ、私が死んでも、知らせることができないってわけ?」

里香の声がとんがってきた。

「そんな時は、ASIOに連絡してくれれば、ASIOから僕に伝達してくれるよ」

結局、今度は里香のほうがスコットに説得される形になって、スコットがASIOに任務を与えられて、どこかに行ってしまうことになった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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