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ミリオネア(最終回)

いつまでも、親友の信子にBMWのことを秘密にしておくわけにもいかず、「実はBMWを買ったのよ」と話すと、信子は目を輝かせて、「どっかに連れて行ってよ」と言う。
結局信子にねだられて、一緒に観光の町バララットに遊びに行くことになった。バララットに行く道はハイウエイになっていて、車を飛ばすには快適な道路だった。普通オーストラリアのハイウェイは周りに灌木が生えていて代わり映えのしない風景なのだが、バララットへ行く道は途中小高い丘の上を走るため、広々とした野原が見渡せて、咲子にとっては、気持ちの良いドライブとなった。バララットの鉱山のあとにできた観光村で一日中遊んで、帰る頃には夕暮れになっていた。帰る途中ですっかり日が暮れ暗くなり、自動的にヘッドライトがついた。信子とおしゃべりをしていてふいと前を見ると、暗闇を照らしだすヘッドライトに浮き出されたカンガルーの姿が見えた。咲子はぎょっとして、思わずハンドルを切った。ハンドルを道路わきの方に切ればよかったのだが、カンガルーが道路わきに向かってぴょんぴょんはねたので、カンガルーを避けて道路の中央線に向かってハンドルを切って対向線を越えてしまった。その時だった。大きなトレーラーが咲子の車の前に現れ、けたましい警笛を鳴らした。一瞬のことだった。エアーバッグが飛び出て咲子の胸を、押し付けた。咲子は痛いと思う間もなく意識を失った。 
 咲子が意識を戻したのは、病院の集中治療室だった。頭がもうろうとしていて、最初何が起こったのか、思い出すまでに時間がかかった。体中にいろんな器具が取り付けられていて身動きができないし、体中が痛む。そして事故のことを思い出した途端、信子はどうなったのだろうと心配になってきた。咲子の様子を見に来た看護師は咲子の意識が回復したのを見て、喜ばしそうに「良かったですね」と言ってくれたが、咲子は「あのう」と遠慮がちに聞いた。信子が死んだなら、どう気持ちの整理をしていいか分からなかったから、聞く声も弱弱しかった。「一緒に車に乗っていた信子さんと言う人は、どうなったんでしょうか?」すると看護師は、「ああ、信子さん。彼女は少々エアバッグに胸を打たれて、胸が痛いと言ってあざができましたが、幸いにもそれ以外ケガをしておらず、すぐに退院されましたよ」と言う。看護師の言葉に、咲子はほっとした。看護師が部屋を出て行ったあと、「信子は無事だったんだ、良かった」と思っているうちに、あの高校時代の友人、岩本茂子の言った言葉を思い出した。彼女は私が小金持ちになると言った後で、こんなことを言ったのだ。
「あなた、交通事故には注意してね。大きな事故に出くわすって、手相に出ているわよ」
そうだ。車を買うときには、彼女の言葉をコロっと忘れていた。そして事故が起こった後に思い出したのだから、何と言うことはない。これで咲子のBMWは2か月の間に2台も壊れたことになる。
 意識が回復した後、普通の病室に移され、最初に見舞いに来てくれたのは、信子だった。
「あなたが無事で本当に良かった」と咲子が言うと、信子は、「あなたこそ、意識が戻らないのではないかと心配だったわ」と言ってくれた。
「またBMWを買うつもり?」と聞く信子に、咲子は
「もう、高級車はこりごりだわ。盗難の対象にはされるし、買ってからは心配事が増えただけだったわ。BMWにはご縁がなかったみたい」
「そうみたいだね。でも警察の人が言っていたわよ。大破したとはいえ、BMWだからまだ命が助かったって」
 信子が帰った後、病室の窓から青い空を眺めながら、咲子は、「ミリオネアになっても、ちっともいいことがなかったな」と、心の中でつぶやいた。

著作権所有者:久保田満里子




 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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