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船旅(20)

 ニールは船長はまだ出航したばかりの船の操縦で忙しくしていることを考えて、船長を煩わせるのを控えて、船長から教えられたリーが厨房のスタッフとして与えられた部屋を覗いてみることにした。今晩は、夕食を提供しない日なので、厨房のスタッフが忙しいとは思えないので、きっと部屋にいるだろうと想像した。
 リーの部屋のドアをノックすると、すぐにドアが開いた。顔を覗かせたのは、顔が浅黒い小柄な男だった。この男が、リーと相部屋をしているフィリピン人の男だと、すぐに分かった。
「リチャードに話があるんだが…」と言うと、その男はすぐに部屋の中に向かって、
「リチャード。お前にお客さんだよ」と言ってくれたので、リチャードが戸口に現れた。その顔を見るとニールは安堵のため息をついた。
リーは戸惑ったように、
「何か御用ですか?」と聞いた。
「僕はグレッグの友達のニールと言う者だが、グレッグがリチャードと言う友達がこの船のキッチンハンドとして乗るから、よろしくって頼まれたのでね。挨拶をしておこうと思ってね」
フィリピン人のシェアメイトのいる前なので、初対面を装う方が良いと思い、とっさに架空の人物グレッグをでっちあげたのだが、リーがどう反応するか、心配だった。しかし、さすがに俊敏な弁護士だけあって、ニールの意図を即座に理解して
「ああ、グレッグから聞いています。こちらこそ、よろしくお願いします」と、挨拶をした。
リーの冷静な応対を見て、ニールは安心した。
「じゃあ、また。仕事、頑張れよ」と言って、自分の部屋に戻っていった。
この船が中国の領海から離れてしまうと、少し安心できる。ニールは、香港の公安が、横浜にまで手を回していないとふんでいた。リーが中国にとって問題児であるとはいえ、外国にまで追いかけて来ることは、考えられなかった。しかし可能性が全くないとは言えない。
 香港を出た後の船は、揺れることもなくスムーズに横浜に向かった。オーストラリアを出た時は夏だったが、赤道を越えた所から寒くなり、デッキに出ることもなく、室内で過ごすことが多くなった。
 表面上は光江もニールも何事もなかったように、いつものように船上で知り合った人達と一緒に夕食を取りったり、船内で催される映画を見たり、ところどころに目に入って来る島の美しさに見入って過ごした。しかし、光江はニールがいつも周りに目を配っているのに気が付いた。香港警察から目をつけられているのが分かっているのだから、無理もない。光江も時々、自分たちを見張っている者がいないか、ぐるりと回りを見回すことあるが、それらしき者は見当たらなかった。
 船が香港を離れた翌日、リンダ達が座っているテーブルに腰を下ろしたら、アジア人の30歳ばかりの女がテーブルに近づいてきた。サングラスをしていたその女が、サングラスを外すと、「リンダさん、ご一緒してもいいかしら」と、にこやかにリンダに声をかけた。色白ですらっとした、細面の美人の女だった。
「あら、ミーガンさん。勿論いいわよ」
リンダは気安くその女に、空いていた自分の隣の席をすすめた。
リンダがすぐに、
「こちらは、光江さんとニールさん。二人はオーストラリアから一緒に船に乗って知り合った人達よ。光江さんは日本人よ」と、ミーガンと呼ばれる女に向かって、光江たちを紹介し、
「こちらミーガンさん。香港で乗船した人。ミーガンさんは中国人で、日本までこの船で行くそうよ」と言った。
「そうですか。日本人なんですか。私、日本に何度が行きましたが、いつも飛行機だったので、たまにはゆっくりした旅をしたいと思って、クルーズすることにしたんですよ。私は京都が大好きです。でも、京都には冬には行ったことがないので、楽しみです。東京は香港と同じような都市なので、それほど魅力は感じませんが」と、ミーガンは早速光江に話しかけた。
「そうですね。近代的なビルが多くて人が多いことろなんて、東京は香港と似ていますよね。でも、京都は観光客が多くて、ゆっくり観光することはできないかもしれませんよ」
「そうですね。何年か前に桜の季節に行ったら、余りにも人が多くて、歩くのも大変でしたよ。それにあちらこちらで中国語が聞かれて、外国に来たと言う感じはありませんでしたね。でも、冬は観光客が多くないんじゃないかと期待しているんですけどね」と、にっこり笑って言った。
「冬の京都もいいかもしれませんね」と光江は言ったが、何となく胡散臭い気がした。ニールも突然現れた女に疑惑を持ったのを光江は感じた。もしかしたら、この女は中国の公安から送り込まれたものかもしれないと、一瞬思った。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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